КЛОУНЫ ◇◆クラウーヌゥィ◆◇

3度の飯よりバイク好き。「ブログ」と言うよりも「あほログ」。サーキットに夢中な、UNK●VTR乗り♪

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2008年8月31日。
私は忘れ物をした。
場所は、ツインリンクもてぎ。
忘れたものは、もて耐参戦という切符。



時を溯って2008年初頭。
私は、日光サーキットでのレースを通じて出会ったあるライダーさんに、
2008年のもて耐参戦のオファーを受けた。
当時の私は、バイクの免許を取って2年、
サーキットを走り始めてやっと1年が経った頃だった。
走ったことがあるサーキットも、日光、白糸、桶川、トミンくらい。
日光のタイムも、やっと1分を切って走れる程度だった。
もてぎのような大きなサーキットなど、走ったこともなかった。



青天の霹靂ともいえるもて耐参戦という切符に戸惑いつつも、
私は、「走りたい!」と思った。
「Moto GP で観たあの舞台に、私も挑戦してみたい!」と思った。



それからは、もて耐参戦に向けて、ただひたすら練習した。
日光、白糸、桶川、トミンに加え、山梨、筑波でも練習した。
もて耐参戦の切符を頂いたことで、
走るサーキットが増えた。
切磋琢磨出来る仲間が増えた。
そして、走る度に強くなる自分に出会えた。
もて耐参戦の切符は、私とサーキットとを繋ぐ、虹の架け橋のようだと思った。



だが、その虹の架け橋は、もてぎに辿り着くことなく途切れてしまった。
2008年もて耐参戦の切符が、私の掌からするりと滑り落ちた。
私には伺い知れぬ事情で、2008年のもて耐に参戦できなくなってしまった。
事情は色々あるのだろうが、今やそれを悔やんではいない。
これも一つのレースの形だ。



2008年のもて耐には参戦できなかったけれど、
メカさんがもて耐観戦に連れて行ってくれた。
初めて観るもて耐。
私は、時にはコースギリギリの場所で金網にしがみつきながら、
時にはスタンドに立ってコースを俯瞰しながら、
ライダー達の走りを7時間見守った。
とにかく、事故や怪我やトラブルなく全員が完走できますように、と
祈りながら。



2008年のもて耐にチェッカーが振られ、レースが終幕した時、
私は、歓喜に沸くピットロードの風景を写真に収めた。

もて耐2008



そして、もてぎを後にする時、ふと空を見上げると、
大空にはこんな夕焼け空が広がっていた。
耳にこだまするのは、天の果てまで響き、
空を真っ二つに割るようなエキゾーストノート。
胸に去来するのは、祭りの後の一抹の寂寥感と、
「やっぱりレースが好きだ」という疑いのない気持ちだった。

もて耐2008夕焼け

私は、この夕焼け空を忘れまいと、また写真に収めた。
そして、思った。
私にもいつか、もて耐を走り切った後に、
こんな夕焼け空を見上げる日が来るんだろうか、と。



私は、もて耐参戦の切符をもてぎに忘れてきてしまったけれど、
私をもて耐に誘ってくれたライダーさんとの約束は忘れることはなかった。



そのライダーさんは、私をもて耐に誘ってくれた時に、こう仰った。 
「バイクもレースも楽しんで走って下さい。 笑顔で走って下さい。
バイクの性能がいいから速く走れるのではなく、
ノーマルのバイクを自分の技量で速く走れるように操って下さい。
250でもスクーターでもミニバイクでも、何でも乗れるようになって下さい。
ずっとずっとバイクが好きでいて下さい。
そして、バイクやレースがもっともっと日本で文化として受容されるように、
女性ライダーのリーダーとなって下さい。
そして、年老いるまで一緒にバイクを笑顔で楽しみましょう」 と。




2008年のもて耐以来、この言葉を忘れることなく、
ずっとずっと練習してきた。
たくさんのレースにも参戦してきた。
チームのサポートに支えられ、多くの仲間に励まされ、
何度か表彰台に乗ることもできた。
私の心の中からは、「いつか今度こそもて耐の舞台に立ちたい」という
モーティヴが消えることはなかった。



2011年9月4日、5日。
約3年の時を経て、
あの日 立ちたかった舞台へ。
あの日 立てなかった舞台へ。
いよいよ、2011年のもて耐に参戦します!!!



虹の架け橋は、決して途切れてなどいなかった。
もてぎへと繋がっていたんだね。



2011年もて耐参戦の切符は、いま確かに私の手の中にある。
今の私は、私史上最速の私!
何も恐れるものはない!
忘れ物を取り返すために、
フルスロットルでもてぎを駆け抜けてきます!
7時間の耐久後、最高の夕焼けに出会えますように!

もて耐2011







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2008年8月2日、私は筑波2000でのMFJレディースロードレースに初参戦した。
筑波サーキットでのレースも、スプリントレースも、初めての経験だった。



でも、耐久レースながら日光サーキットで何度かレース経験があった私は、
「いきなり表彰台は難しくても、
何とか中盤グループについて行って、バトルしたい!」と
意気込んでいた。



ところが、いざフタを開けてみると、
予選では1ヘアでスポンジバリアに突っ込んで転倒してしまった。
そして決勝では、予選の転倒が脳裏をよぎり、
完全に萎縮した走りしか出来なかった。
ほんの数周で勝負がついてしまうスプリントのはずなのに、
その時の私には、1周1周がとても長く感じられた。
メインストレートに戻ってくる度に、
メインポストにチェッカーフラッグを探した。



「早く終わってくれ」
「こんな辛いレース、もうこれ以上走りたくない」
「早くチェッカーを出してくれ」



事前練習や予選で私と同タイムで走ったライダーが、
どんどん自己ベストを更新してバトルし合う中、
私は誰ともバトルしないまま、1人旅ツーリング状態でレースを終えた。



私は負けた、自分自身に。



日光サーキットでの耐久レースの経験を活かして、
少しはライバル達とバトル出来るだろうという期待を
完膚無きまでに打ち砕かれた。
周りの女性ライダーとの実力差を思い知らされ、
自分がいかにライダーとして技術面・精神面ともに
劣っていたのかを突きつけられた。
後にも先にも、これほど情けない内容のレースはなかった。



それ以降、日光サーキットを中心に何度も練習走行を重ねた。
ベストタイムも少しずつ更新し、耐久レース本番でも、
段々と自信を持ったレース運びが出来るようになった。
少しずつながらも、自分自身が技量面や精神面で成長している自覚はあった。



それでも、私の喉には、
あの日レディースロードレースで自分に負けたことへの後悔の念が、
小骨のようにずっと突き刺さったままで、抜けなかった。
あの日負けた自分に、私はまだ正面から向き合っていなかった。
そして、もう1度筑波サーキットでのレースに出ることでしか
あの日の自分を乗り越えられないこともよく分かっていた。



あれから約2年。
2010年11月。
自分自身にリベンジするチャンスがやってきた。
耐久茶屋5時間耐久ロードレースへの参戦だ。
チームマリのサーキット仲間からレース参戦のお誘いを受けたのだ。



実は、去年は私にとって我慢の1年で、
仕事や私事の関係でレースやサーキット走行はおろか、
バイクに乗ることすら片手で数えるくらいだった。
そんなブランクがある状態で、
いきなり筑波のレース、しかも5時間の耐久に出て、
バトルのテンション、リズム、勘を取り戻せるのか、
不安が全くなかったかといえば嘘になる。



しかし、私の胸には、
「2年間、ずっと喉に刺さったままだった小骨を、
このレースで絶対に抜き取ってやる」
という思いの方が強かった。
決意が不安を凌駕した。



耐久茶屋5時間耐久ロードレース当日。
ライダーは、ドーチカ、メカさん、Wちゃん、
Jちゃん、KMさんの5名。
マシンはNSF100。



レース参戦にあたって、私は2つの目標を立てた。
1つは、チーム全員で笑顔でチェッカーを受けること。
もう1つは、メカさんの次に速い2番時計のタイムを出して
チームを引っ張ること。
レースに誘ってくれたWちゃん、Jちゃん、
KMさんに恩返しするためにも、
私がチームを引っ張らなくて、誰が引っ張るんだ?
絶対チームに貢献する走りをするんだ。
最高に頑張る自分に出会うんだ。
そう誓った。



5時間のレースの中で、私の出走回数は1回。
スティントは40分。
たった1回・40分のチャンス。
この時間の中で全てを出し切ろうと、
腹をくくってコースインした瞬間、
レーススイッチがカチっと入った。



大丈夫だ!
身体が自然に動く!
ちゃんと身体が覚えている!
視界もクリア!
よし、行こう!



タイヤ、ブレーキ、マシンの状態を確認しながら
順調に周回を重ねた。



・・・いや、順調に周回を重ねたハズだった。



数週走った頃、P-RAPで自分のタイムを確認して愕然とした。
目標タイムより10秒も遅いのだ。
思わずヘルメットの中で「おっそ!!!」と漏らしてしまった。



「ここから徐々にペースアップしていこう」、
気を取り直してアクセルを開けた。



次のラップで、目標タイムまであと3秒まで詰められた。
「よし、この調子だ」
「あと3秒縮めるぞ」



メインストレートに戻ってきて、P-RAPを見た。
目標タイムまで、やっぱりあと3秒。



もう1周走り、メインストレートに戻ってきて、P-RAPを見た。
目標タイムまで、あと3秒。



もう1周走り、メインストレートに戻ってきて、P-RAPを見た。
目標タイムまで、あと3秒。



もう1周走り、メインストレートに戻ってきて、P-RAPを見た。
目標タイムまで、あと3秒。



もう1周走り、メインストレートに戻ってきて、P-RAPを見た。
目標タイムまで、あと3秒。



「何をやってるんだ、糞がっ!」
バックストレートを走り抜けながら、ヘルメットの中で吼えた。
完全にタイムが頭打ちした。



ピットを見やると、
「走行時間あと10分」のボードが掲示されていた。
レディースロードレースの時は、あれほど焦がれたチェッカーだったが、
今は違った。



「待ってくれ」
「もう少し待ってくれ」
「もう少し私に走らせてくれ」
「私はまだ最高に頑張る自分に出会っていないんだ」
「私はあの日の自分に勝ちたいんだ」



あと10分の中でどこをどう走ればタイムが縮むのか、
どこの無駄を削ぎ落とせばタイムが縮むのか、
考えても考えても、タイムは横ばいで一向に変わらなかった。



万策尽きたと諦めかけた時、
ふっと私の耳に、いつか聞いたTさんのアドバイスが蘇った。


 
「ドーチカちゃん、迷った時や不安な時こそ、基本に立ち戻りなさい」



基本・・・?
基本・・・!?
基本!!!!!!



そうだ、基本だ!
ミニバイクだからといって無理してコーナーに飛び込むよりも、
スローイン・ファーストアウトの基本の走りに立ち戻ってみよう。
そんな気持ちで1コーナーに飛び込んだ。



1コーナーのバンキング。
車体をリーンさせながらシフトダウンをする。
時に車体が振られ、恐怖で心臓が止まる思いをする。
そんな時、ふっと私の耳に、
いつか聞いたRさんのアドバイスが蘇った。



「車体が振られても、ただのプルンだよ。怖くないよ」



そうだ!
丁寧に操作してやれば、大丈夫!怖くない!
Rさんの言葉を信じよう!
シフトペダルに勇気を込めた。



1コーナーを立ち上がってS字を駆け抜けている時、
ふっと私の耳に、いつか聞いたKちゃんのアドバイスが蘇った。



「インフィールドは外足加重でがっちりホールドだよ」



そうだ!
もっとしっかりマシンを支えなきゃ!
外足でがっちりマシンをホールドしながら、
1ヘアに向かった。



ダンロップコーナーに差し掛かった時、
ふっと私の耳に、いつか聞いたSさんのアドバイスが蘇った。



「いつまでもブレーキを引きずってないで、もっと早くアクセルを開けてごらん」



そうだ!
ミニバイクだからこそ、車速を落とさず
もっと立ち上がりを重視しなきゃ!
アクセルを開ける右手に集中しながらMCコーナーを切り返した。



次の2ヘアは、私の苦手なコーナー。
ついつい上体に力が入ってしまう。
また身構えそうになった時、
ふっと私の耳に、いつか聞いたHさんのアドバイスが蘇った。



「ヘアピンの奥じゃなく、ちゃんとマシンの行き先を見なさい」



そうだ!
目線をしっかり先行させてやれば、
マシンはもっとスムーズに曲がってくれる!
ヘアピンの奥を凝視するな!
いつもよりもっと意識的に先行動作を心がけた。



2ヘアを立ち上がってのバックストレート。
私の耳には、いつか聞いたYさんのアドバイスが蘇った。



「躊躇せず、ストッパーまできちんとアクセルを開けなさい」




そうだ!
アクセル全開、フルスロットルだ!
メットの中では、思わず「行けーー!」「行けーー!」と叫んでいた。



バックストレートをトップギアで疾走し、残すは最終コーナーのみ。
私の耳には、いつか聞いたAさんのアドバイスが蘇った。



「オーバースピードで飛び込んでも、バイクはちゃんと曲がってくれます」



そうだ!
アクセルを戻さず、フルスロットルのまま飛び込め!



レース中、マシンを駆ることが出来るのは、ライダー1人だ。
耐久レースを走れば、
ブレーキはボロボロ、タイヤはボロボロ、体はボロボロ、
マシンもライダーも弱ってくる。
だが、ライダーは決して孤独ではない。
ピットには、自分を待っているクルーがいる。
次の出走を待っているライダーがいる。
自分を応援してくれる仲間がいる。
だから、どれだけマシンがボロボロになっても、
どれだけ体が辛くなっても、次のライダーにマシンを繋ぐことが出来るんだ。



ピットで待っている仲間達、
日頃の練習で多くのアドバイスとともに激励してくれる先輩達、
いつもいつも私を支えてくれるメカさん、
1人1人の顔を思い浮かべながら、フルスロットルで最終コーナーを駆け抜けて
無我夢中でメインストレートに戻ってきた時、
私のP-RAPは、目標タイムを切っていた。
思わず「よぉぉぉぉぉーーーーーっっっーーーーしゃぁぁぁーーーー!!!」と
雄叫びを上げた。



私があの日の自分を乗り越えた瞬間だった。



そして、そのタイムがメカさんに次ぐ2番時計となり、
チームは無事にチェッカーを受けた。



あれだけ届かなかった「あと3秒」。
それを叶えてくれたのは、自分だけの力ではない。
みんなのアドバイスが大きな大きな力となり、
私の背中を前へ前へと押してくれた。
アクセルを開ける右手に勇気をくれた。
最高に頑張る自分に出会わせてくれた。



バイクやレースの虜になって、同じ絆で結ばれて、
チェッカーを目指して一途に走る。
そんな仲間が、私は大好きだ!!!



2011年5月。
また私のレースシーズンが開幕する。
多くの仲間や先輩の期待、応援、叱咤を自分の力に変えて、
今シーズンもフルスロットルで駆け抜けたい。
最高に頑張る自分に出会いたい。


  筑波1000





サーキットでも、公道でも、
バイクに乗る時、ハンドルを握る前に、私はいつも天に祈る。



転倒しませんように。
安全に走れますように。
怪我をしませんように。



自らの未熟な運転のせいで、誰かを事故に巻き込みませんように。
自らの未熟な判断のせいで、誰かの事故に巻き込まれませんように。



クリーンなレースが出来ますように。
エントラントみんなが揃って最後にチェッカーを受けられますように。
笑顔でレースを終えられますように。



そして、
サーキットに、公道に、
二度と悲しみの涙が流れませんように。




祈りを捧げる相手は、最初は大ちゃんだった。
その後、祈りを捧げる相手に、ばなさんが増えた。
次に、奥野選手、沼田選手、そして、ノリック。
去年は、学さんと富沢選手が増えた。



そして、この1週間の中で、
また二人のレーサーが天国へと旅立ってしまった…。



もしも、この世のどこかに神がいるのならば、ソイツに言いたい。
オマエの眼は節穴か?
居眠りでもしているのか?
両目をかっ開いて、きちんとこの世を見ろ。
希望や未来あるライダーが、天に召されていい訳がない。



サーキットでも、公道でも、
バイクに乗る時、ハンドルを握る前に、私はいつも天に祈る。
もう二度と、悲しみの涙が流れませんように…。



たとえ我々が大時化の中を漂う無力な小舟でしかなかったとしても、
みんな、みんな、絶対に死ぬな!!!




訃報が続く…。


一緒のサーキットで練習したライダーが、交通事故で旅立った。


2日続けて大切なライダーを奪った運命が憎い。

高橋江紀選手が交通事故で亡くなった。
まだ23歳。
あまりにも若く、あまりにも早い・・・。
言葉が見つかりません。


   節電


           
   hit air



明日から3月
いよいよ2011シーズンも開幕ですね



2010シーズンは、仕事多忙などの理由で
モータースポーツを自粛していた私ですが、
2011シーズンは、いよいよレース復帰ですよ
既に1月からモリモリ練習してます



サーキット走行での安全性確保のために、
新たに hit air を導入しました



井形マリさんのコラム にあるように、

お金で買える安全と技術向上の機会には手間を惜しまず投資して、
末永くモータースポーツを楽しんでいきたいです






バイクでスランプや伸び悩みを感じた時、
いつも思い出す先輩の言葉があります。



周りの大きな雑音や過多な情報に惑わされて
自分自身を見失いそうになった時、
いつも思い出す先輩の言葉があります。



バイク乗りとしての原点や初心に立ち返らせてくれる言葉です。



人それぞれ、バイクへのスタンスも優先順位も、本当にさまざま。
趣味の枠を飛び越えて、人生そのもののような人も居れば、
乗れる時に楽しく乗れればOKな人も居る。
どちらも同じ乗り物に魅せられた人。
自分と違うからといって、壁を作る気はない。
見ているのは、バイクの速さや巧さではなく、その人自身。




2011年は46.5秒が目標!

2011年も、私らしくバイクと向き合っていきたい。












2011年の走り初めは、筑波サーキットでした



寒波や強風の影響で、この日の筑波サーキットは極寒の地
レースシーズンはピット争奪戦が繰り広げられる筑波ですが、
この日はピットもガラガラでした



こんな寒い日に、キンキンに冷えたタイヤで走るのは危険
ということで、メカさんが、なんとタイヤウォーマーを用意してくれました









タイヤウォーマー









実は、このタイヤウォーマーは、
2011最新型のモデルで、発熱に電気を必要としないんです
タイヤウォーマー自体が熱を発してくれるので、
ピットに電源がなくても、発電機を持参しなくても、
どこでも使える優れものなのです
多分、このタイヤウォーマーを使っているのは、
日本で私だけじゃないかな









なぜなら・・・、









このタイヤウォーマーは・・・、



















カイロウォーマーだからです

カイロウォーマー

ウォーマーの内側に、貼るカイロをびっしりと貼り詰めています
考案、デザイン、作成は全てメカさんです。
丸一日かけて手縫いしてくれたらしい





今年の冬は、このカイロウォーマーで乗り切ります






        耐久茶屋2010



耐久茶屋2010



     完全燃焼 !!!





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